一週間のハイライト(2月24日~3月2日)
ドル円は前回安値の104.92円(2月23日)をボトムに再びじり高の展開となりました。
今週に入って一時106.96円まで上昇し、昨年8月以来の高値を示現。全般的なドルのショートカバーに加えて、NYダウの1000ドル安からの急回復がリスクオンの円売りにつながりました。
この間ユーロドルは1.22ドル台から一時1.1992ドルまで下落。
ドルインデックスは89.70近辺から91.40近辺まで反発しています。
前回の当コラムでは、「ドル全体が下落する中で、ドル円だけが乖離して上昇していく動きが長続きするとは思えない」との見方から、上昇余地より下値リスクを警戒すべきと述べましたが、ドルが全体に反発に転じており、どうやら読み違えたようです。
筆者はこのところドル安・円高シナリオに固執して予想をハズしてきましたが、そろそろ基本シナリオを変えなくてはならない局面なのか?
ドル安・円高は終わったのか?
市場で今新たに起こっていることを挙げながら、そのあたりを検証してみたいと思います。
今起こっていること①:リフレトレードの反動
昨年11月ごろから、米バイデン政権による大規模な財政出動やコロナ終息を先取りした景気回復期待によって、原油や素材などコモディティー価格が上昇し、為替市場ではいわゆるリフレトレード(適度なインフレ=リフレを期待したトレード)が流行しました。
具体的には、インフレに強い資源国通貨、豪ドル、NZドル、カナダドル、英ポンド(英国は一応産油国扱い)、ノルウェークローネなどが買われ、ドル、円、スイスフランの「安全通貨御三家」、特にインフレ期待が高まるドルが最も売られました。
しかし資源国通貨が軒並み2~3年ぶりの高値に達し、リフレトレードに割高感が出てくるとともに、「足元の景況感から見てそう簡単にインフレにはならない」との見方も浮上し、資源国通貨が全般に急反落。
逆に最も売られていたドルは買い戻され、ドル全体が上昇しました。
またバイデン政権による1.9兆ドル規模の経済対策が先月末に下院で可決されたことで、いったん材料出尽くしとなっており、リフレトレードの反動によるドルの買い戻しが続きそうな気配です。
すでに「ドル全体が下落する」という前提が崩れている以上、ドル円が上昇しても何ら不思議はないことになります。
今起こっていること②:投機筋のドルショート巻き戻し
年初の102円台から106円台までの上昇は、積極的なドル買いではなく、基本的にはショートカバーです。
投機的ポジションの縮図であるIMM通貨先物(いわゆるシカゴ筋)の取り組みによると、ドルショート・円ロングの規模は、年初からのドル反発に歩調を合わせて減少しているものの、まだ年初のピークと比べて半分あまりの2.8万枚残っています。
しかも現在は年初の水準より大幅にドル高・円安です。
ショートのしこり玉、つまりドル円がさらに上昇するための潜在的なエネルギーはまだ残っていると言えます。
ドル円とシカゴ筋ポジション 出所:CME、QUICK
今起こっていること③:ワクチン接種率格差の拡大
日本はワクチン接種がまだ始まったばかりで、65歳以上の高齢者を対象とした接種の開始が4月中旬ごろとなっていますが、ワクチンの確保や物流面で課題が多く、一般の国民が問題なく接種を受けられるようになるのは早くて夏でしょう。
この間世界では次々と新たなワクチンが承認され、大規模な接種が進んでいます。
人口に対する接種率は、8割を超えるイスラエルを別として、米国が約2割、英国が約3割と、米英が先行しています。
ワクチンの接種率と景気回復は密接な相関があると考えられており、当然のことながら経済活動の再開や景気回復において米英が先行し、日本は立ち遅れるという予想が導かれます。
それがこのところの円安・ドル高・ポンド高につながっていると考えられます。
この格差拡大は今後数か月続く公算が大きく、その間円安のバイアスがさらに強まっても不思議はありません。
今起こっていること④:大丈夫か?ニッポン製造業
現在、ビジネスシーンで最大の関心を集めているのが「脱炭素」ですが、日本はこの分野で大きく後れを取っています。
世界のトレンドは二酸化炭素を排出しない電気自動車への移行ですが、日本ではまだまだ内燃機関の従来型乗用車が主流。
今朝の日経新聞の記事によると、ノルウェーでは2020年に販売された新車の54%は電気自動車だったそうですが、日本は1%未満というところでしょう(ガソリンを燃やすハイブリッドは除く)。
家電に始まり、パソコン、スマホとグローバル市場で敗退し続けた日本にとって、自動車産業は最後に残った牙城と言っても過言ではありません。
しかし2025年、世界の自動車需要が一斉に電気自動車にシフトした時、果たして日本に勝ち残れる自動車メーカーがあるのかどうか。
ちなみに米電気自動車大手テスラの時価総額はとうにトヨタを追い越し、今や世界の大手6社の合計より大きくなっています。
大げさに言えば、5年単位で見た円安はすでに始まっているのかもしれません。
出所:日経新聞
結論:大きな円高はしばらく来ない
市場の関心が移ろうのは早く、明日にもまた全く違う理屈が生まれている可能性もありますが、当面はドル安・円高になるべきロジックは消失し、逆に円が最弱通貨になるというのが最も蓋然性が高いシナリオになってきたように思います。
パンデミック以降の下げ相場の半値戻しに相当する107.15円が目前のこのレベルからドル円を買い上がるのはさすがに気が引けますが、さりとて大きな円高はしばらく来そうにありません。
これまでの戻り売りから押し目買いにスタンスを変更するのが賢明な戦略と考えます。
ドル円日足は半値戻し目前 出所:NetDania
雨夜恒一郎氏のプロフィール
20年以上にわたって、スイス銀行、JPモルガン、BNPパリバなど、大手外銀の外国為替業務要職を歴任。金融専門誌「ユーロマネー」における東京外国為替市場人気ディーラーランキングに上位ランクインの経歴をもつ。2006年にフリーランスの金融アナリストに転身し、独自の鋭い視点で為替相場の情報や分析記事をFX会社やポータルサイトに提供中。ラジオNIKKEIなどメディア出演やセミナー講師経験多数。ファンダメンタルズ分析、テクニカル分析はもちろん、オプションなどデリバティブ理論にも精通する、人呼んで「マーケットの語り部」。雨夜恒一郎氏の詳しいプロフィールは、こちらから