為替相場決定理論とは
みなさんは、「米ドル/円」は120円だと、米ドルが高いと思われますか?あるいは「米ドル/円」ガ90円だと、米ドル安と思われますか?
もし、そう思われるのでしたら、なぜ、そう思われるのでしょうか。何に対して高いとか、安いとか判断されているでしょうか。
じつは、為替相場を熟知している人でも、この質問に明確に答えをだせる人はそう多くはいません。みんな何となくフィーリングで高いとか、安いと言っている人が多いからです。
「米ドル/円」120円が米ドル高であるか、90円が米ドル安であるかを判断するには、その判断のもとになる適正な水準がいくらなのかを知る必要があります。
でないと、正確には高いか、安いかなどいえないのではないでしょうか。この適正な水準をだすのに用いられているのが、「為替相場決定理論」というものです。
なにやら難しそうな名前で、めったに耳にすることはありません。この理論は、通貨の価値は需給と供給のバランスの上に成り立っている(決まる)というのが前提となっています。
需給となると当然、ファンダメンタルズが関係してきます。いわゆる経済指標というものです。
代表的なモノでいえば、国内総生産(GDP)やインフレ率、金利水準、国際収支、失業率、消費者物価指数(CPI)、購買担当者景況指数(PMI)などです。
これらの経済指標はいまさら説明するまでもありませんが、一国の経済の健康状態を現すと同時に、国力の源泉ともなっています。
さらに、国力の違いは通貨間の強弱を生み出し、それが、為替相場に影響を与えることも珍しくはありません。
一物一値の法則
この法則は、「物の値段はどの国でも、どの地域でも同じだあるべきだ」という考え方のもとに成り立っている法則です。
もっとくだけていえば、「同一の物には、ただ一つの価格しか成り立たない」ということです。
この考え方は、国内だけではなく、国際間でも成り立つはずで、各国の物価水準が適正な為替相場の水準を決めていくという、のが購買力平価説になります。
なぜなら、物価水準と為替相場の相関関係が高いことから、こういうことがいえます。たとえば、ここに日本の自動車メーカーが製造している最先端をいく自動車があります。
日本では1000万円しますが、アメリカでは15万米ドルとします。そうしたときの、適正な為替相場は、1米ドル=66.67円ということになります。
日米の物価の差からいえば、これば、適正な「米ドル/円」相場ということになります。また、イギリスの経済誌であるエコノミストが発表しているのが、かの有名な「ビッグマック指数」です。
「ビッグマック平価」ともいいます。これは、世界中で販売されているマクドナルドのハンバーガーは、世界各国でほぼ同じ材料でつくっているため、基本的には世界中同じ価格でなければならないという考え方をもとに算出した、非常におもしろい指数です。
算出式でいえば、
となるわけですが、そのときの対円レートと比較して、ビッグマック平価が対円レートよりも、高かった場合には、為替相場は円安に触れるし、その逆は、円高に触れます、という考え方です。
たとえば、東京での2020年5月20日のビッグマックの価格が500円とします。そのとき、ニューヨークのケネディ空港でのビッグマックが、4米ドルとします。
そうすると、500円÷4米ドル=125円が適正な「米ドル/円」の水準となります。いや、理論からいえばそうなるべきでしょう。
ですから、5月20日の「米ドル/円」の市場での実際のレートは、107.85円です。このことから、今後の為替相場は円安に触れる、と予想できます。
これがビッグマック平価による為替相場分析法です。
ただこれには、異論があって、マクドナルドの材料費の輸送代や関税、などのコストが国によって違うので、かならずしも一物一値の考え方がなりたつわけではありません。
ただ、こういうビッグマック平価を知っておくと、為替相場を予測することが楽しくなってこないでしょうか。
ビッグマック平価だけではありません、購買力平価も大いに活用して、相場分析に迷いがでているときには、物は試しということもあって、購買力平価を試してはいかがでしょうか。
絶対駅購買力平価説
購買力平価説に基づいて適正な為替相場水準を算出する方法はわかりましたが、一つ、ここで疑問が残ります。
たとえば、自動車の価格が日本では200万円、アメリカでは2万米ドルだとしますと、購買力平価説で求める適正な「米ドル/円」は、100円が適切な相場となります。
では、テレビの価格が日本では40万円、アメリカでは、3000ドルだとしますと、適正な為替相場は、「米ドル/円」は133円が適切だとなります。
しかし、自動車とテレビでの購買力平価説で算出した適正な為替相場が、100円と133円ではあまりにも価格はかけ離れすぎています。
これでは、どちらが適正な為替相場の水準であるかどうか、判断することはできません。そこで現れたのが、絶対的購買力平価説です。
これは、一つのバスケットに、自動車であれ、テレビであり、洗濯機であれ、電話機であれ、すべての製品をぶち込んで、その合計の物価同士をくらべることで、適正な為替相場水準を算出しようという考え方です。
これだと個別の商品で算出した為替相場水準ではなく、物価全体から算出した為替相場水準となるので、適正さがより増すというものです。
たとえば、日本での一つのバスケットに入れた物価が300万円だとします。アメリカで同じ物を入れたバスケットの物価が4万米ドルになりました。
そうすると「米ドル/円」は、1米ドル=75円という計算になります。適正であるべき為替水準は1米ドル75円という結果となりました。
これが絶対的購買力平価説に基づく、適正な為替相場の水準を算出する考え方と方法です。
相対的購買力平価説
購買力平価説には、絶対的購買力平価説のほかに、相対的購買力平価説なる考え方があります。
これは、物価そのものの比較ではなく、物価の上昇率を比較したうえで、適正な為替相場の水準を算出しようとする考え方です。
絶対的購買力平価説に比べると、相対的購買力平価説のほうが、現実に即しているという考え方が主流となっています。
なぜなら、すべての商品を一つのバスケットに入れるのは難しく、また、商品によっては関税など税金がまちまちですから、比較対照の原資とするには無理があるからです。
その点、相対的購買力平価は物価の上昇率を比較するものですから、こちらがより現実的だともいえます。
物価上昇率の比較であり、それはイコールとして、通貨の価値の増減の比較でもあります。たとえば、現在、1米ドル=107円とします。
そして、物価上昇率が日本は1%ですが、アメリカは12%だとします。そうすると、1年後はどうなるかといえば、(107×1.01)÷1.12=98.24円となり、これが「米ドル/円」の適正な価格水準となる、という考え方です。
実際に為替相場がそういう動きになるかどうかは判断できませんが、目安としては知っておいてもいいのではないかと思います。
現在の価格が1米ドル=107円であれば、1年後は円高になるかもしれない、という可能性があるということかもしれません。
ただ、相場は実際にそのときになってみないとわからないのが欠点でもあり、醍醐味でもあります。
2国間の貿易収支説
ファンダメンタルズで為替情報を分析する方法としては、上記以外には、国際収支説があります。
これは、二国間の貿易収支の比較から円高であるか、円安であるかを算出しようというものです。
たとえば、日本と米国を比べると、日本は貿易黒字で、アメリカは貿易赤字が続いています。これは、もう永遠に逆転する可能性は非常に低いといわざるを得ません。
ということは、日本には貿易の基軸通貨である米ドルがたくさんはいってきますから、貿易収支は黒字になるわけで、得た利益を日本で活用するためには、米ドルを円に替えないといけません。
そうすると、米ドルを売って、円を購入するわけですから、米ドル売り円買いになります。つまり、為替相場は円高に触れることになります。
しかし、実際は、それだけの理由で為替相場は円高にはなりません。アメリカの貿易収支が常に赤字であっても、円高にならないのは、日本の資本収支がマイナスだからです。
日本では海外の貿易で得た利益を再び海外へ投資する資本収支が多くあり、つまり、海外からアメリカに資本が流れるということは、円を売って米ドルを購入していることになります。
そうすると、為替相場は米ドル高円安となります。つまり、国際収支の中で、貿易収支が黒字であっても、資本収支が赤字であれば、「米ドル/円」は円高にはなりにくいということです。
ということは、国際収支説で適正な為替相場の水準を見つけるためには、国際収支のいろいろな項目を一つ一つ比較しながら、算出する必要があるということです。
ちょっと面倒くさいと思われるかもしれませんが、主な項目だけを選んで算出してみてはいかがでしょうか。それでも何らかの参考にはなるはずです。
アセット・アプローチ
アセット・アプローチとは、為替レート決定理論の一つで,資産 (アセット) 市場での需給に応じて為替レートが決まるという考え方です。
従来、為替レートは,基本的にフローである財市場のみで決定されると考えられてきました。
しかし、近年の国際的な資本取引の増加に伴い,ストックである資産市場での取引が外国為替市場での取引の相当部分を占めるようになり,資産市場で市場が均衡するように為替レートが決まるというアセット・アプローチの考え方が有力になってきました。
この考え方では,為替レートの変化は外貨建資産価格の変化を示すものとして決定されることになる(コトバンク)
つまり、平たくいえば、資本取引が適正な為替相場の水準を決めるという考え方です。
たとえば、アメリカの債券、10年物国債としましょう。10年物国債の利回りが、日本で国債を保持しているよりも有利だと投資家が思えば、日本の投資家はアメリカの10年物国債の購入にお金を投資します。
また、アメリカの株式、たとえば、アップルやアマゾンなどの株式投資を考えて、資金を投入する方も多いのではないでしょうか。
日本から海外へ資金が流出していくわけですから、資本収支は赤字となりますが、「米ドル/円」相場はどうでしょうか。
アメリカの金融商品を買うということは、日本円を売って米ドルを買うということです。そのことが為替相場にどう影響するかといえば、円を売って米ドルを買うわけですから、米ドル高円安となります。
以上のような理論で、適正な為替相場の水準を算出できますが、問題は実際の為替レートは何によって動くかとといことですが、それは単純にこういえます。
それは、通貨の需要と供給の関係で決まります。どういうことかといえば、通貨Aと通貨Bの取引を考えてみましょう。通貨Aを買う人が多くなれば、通貨Aは上昇します。
あるいは逆に、通貨Bを買う人が多くなれば、通貨Bが上昇します。このように、為替相場は国間の通貨の需要と供給の関係で成り立っていますので、どちらの需要が大きいかどうかでレートは決まってきます。
では、その需給はどんなものによって発生するのでしょうか。一つは国際収支であり、政治情勢や景気動向、金利政策などが通貨の需給に影響を与え、レートを決定していきます。
さらにいえば、個人の金融資産や外貨準備高が為替相場に影響を与えます。とくに、個人資産は膨大な額にのぼっています。
日本銀行が2020年3月18日に発表した2019年第4四半期の「資金循環統計(速報)」によると、2019年12月末の家計の金融資産残高は1,903兆円。
うち「現金・預金」は1,008兆円で全体の52.9%を占めていることがわかりました。
現在は銀行などの金融機関に眠っているこの金融資産が、すべてとはいいませんが、為替市場に投入されたら、為替相場は一気に大きく動くことは間違いありません。
IMMポジションとは
投機筋の動きを見るのに役立つのが「IMMポジション」です。
まだ知らない方もあるかもしれませんが、米シカゴにあるマーカンタイル取引所(CME=Chicago Marcantile Exchange)の通貨先物市場IMM(International Monetary Market)で取引されている、投機筋の持ち高を示したもので、投機筋の動向を把握するときの参考になるデータです。
アメリカに拠点を置く先物取引業者は、商品先物取引委員会(CFTC=Commodity Futures Trading Commission)という政府の機関に登録を義務づけられています。
そのCFTCが公表しているのがオープンポジションです。オープンポジションとは、反対売買や決済をせずにそのまま残っている建て玉のことです。
各取引所から毎週火曜日の取引が終了した時点で、報告される建て玉をCFTCは集計し、毎週金曜日に発表しています。
シカゴマーカンタイル取引所で扱われている通貨先物のなかで、主要通貨(ユーロ、日本円、豪ドル、英ポンド等)の投機筋の買い建て玉数と売り建て玉数を注目します。
ポジションは実需と投機にわかれて発表されており、よく話題になるのが投機のポジションです。
対米ドルに対して、円、ユーロ、英ポンド、スイスフラン、カナダドル、豪ドル、メキシコペソ、ニュージーランドドルのレートが取引されており、単位は契約の数、つまり、Contract((枚)で表示されます。
為替相場とこのIMMポジションは非常に相関関係が深いことから、このポジションが大きく積み上がったときは手仕舞いが起こりやすくなったり、ポジション調整が起きたときには、レートはかなり大きく動きます。
しかし、IMMポジションはいくら相場との相関関係が深い、あるいは高いからといって、過信するのは禁物です。あくまでも投機筋の動向を見る上での参考にとどめておくのがいいでしょう。
以上、為替相場を分析する方法をいくつか述べてきました。たた、相場は生き物ですから、教科書通りに動くわけではありません。
しかし、こうした分析手法を知っているのと、知らないのとでは、相場に対する姿勢が違ってくるのではないでしょうか。
為替相場の取引手法は理論通りにいくわけではありませんが、ただ単にテクニックだけを身につけているだけでは、投資家としてはどうでしょうか。
常に自分のいろいろな可能性や能力を高めるために、為替に関するいろいろなことを、貧欲に吸収する姿勢というのは必要ではないかと思います。
相場は生き物だから面白区、醍醐味を味わうことができます。
そして、その背景には適正な為替水準はどうあるべきかという知識があれば、為替相場を違った、新たな視点でみることができるかもしれません。
辻秀雄氏プロフィール
ジャーナリスト。リーマンショックに世界が揺れた2008年に、日本で初めて誕生したFX(外国為替証拠金取引)の専門誌、月刊「FX攻略.com」の初代編集長を務める。出版社社員からフリーになり、総合雑誌「月刊宝石」や「ダカーポ」「月刊太陽」「とらばーゆ」などで取材・執筆活動を行う。また、『ビジネスマン戦略戦術講座(全20巻)』などビジネス書の編集にも携わる。著書に『インターネット・スキル』『危ない金融機関の見分け方』『半世紀を経てなお息吹くヤマギシの村』など。共著に『我らチェルノブイリの虜囚』『ドルよ驕るなかれ』『横浜を拓いた男たち』など。辻秀雄氏の詳しいプロフィールは、こちらから