一週間のハイライト(8月26日~9月1日)
27・28日に開催されたカンザスシティー連銀主催の年次シンポジウム、いわゆるジャクソンホール会合で、パウエルFRB議長が、今後平均で2%のインフレを目標とし、2%超へのオーバーシュートを容認する方針を表明したことから、米国株上昇・リスクオンの流れとなり、ドル円は一時106.95円まで上昇。
前回の当コラムでは「ゼロ金利長期化とインフレ期待醸成で米国株が上昇し、ドル円は107~108円へ上昇へ」と予想しましたが、おおむねその通りの展開となりました。
ところが、28日金曜日に、「安倍首相が辞意を固めた」との報道をきっかけに日経平均が急落し、ドル円も不透明感から一時105.20円まで下落しました。
ただ週明けは日経平均がほぼ元の水準へ急速に戻すと、ドル円も106円台まで持ち直す展開となっています。
安倍首相辞任の悪影響は限定的
8年近く続いた安倍政権が突然の幕切れを迎えることとなり、先週金曜日は日経平均・ドル円とも急落しましたが、筆者は基本的には「安倍ショック」は長続きしないと見ています。
その根拠は三つ。
まず第一に、安倍首相の健康不安説は以前からささやかれており、辞任はある程度想定されていたということ。
永田町界隈では、首相が慶応病院に出入りしていた8月中旬あたりから、「首相が近く健康問題で休養し、麻生副総理が臨時で首相に就任する」といった具体的な噂すら流れていました。
辞任は突然ではありましたが、まったくの青天の霹靂ではなかったのです。
首相辞任で思わず株を狼狽売りしまった人は残念な感じですね。
第二に、いわゆるアベノミクスはすでに賞味期限が切れているということ。
アベノミクスで株高・円安となったのは、黒田日銀総裁の異次元緩和が市場にインパクトを与えた2013年から2015年にかけての話であって、最近の株価上昇がアベノミクスのおかげであると考える人はほとんどいないでしょう。
最近の相場がアベノミクスで株高・円安になっていたわけではないのなら、「アベノミクス終焉で株安・円高」というのは非合理的ということになります。
第三に、次の首相が誰になろうとも、これまでの政治路線は踏襲される可能性が高いということ。
現在行われている金融緩和を転換することはありませんし、転換できるはずもありません。
加えて、「ポスト安倍」については、安倍首相に近い菅官房長官が最有力視されており、「菅首相」ならギャップはほとんどないでしょう。
石破氏と岸田氏も出馬を表明していますが、自民党内最大派閥の細田派と第2派閥の麻生派が菅氏の支持を決めたこと、そして党員投票は見送りとなったことから、菅氏勝利で間違いなさそう。
もし党員投票となれば、国民の人気が高い石破氏が善戦というシナリオもありましたが、世間では「露骨な石破つぶし」との声も上がっていますね。
ともあれ、総裁選が9月8日公示、14日両院議員総会で投開票という流れで行けば、政治的空白はほとんどなく、安倍政権の正統な後継者である菅首相誕生となれば、株式市場も安堵するでしょう。
安倍首相の指導力やこれまでの功績を貶める気はありませんが、日本の政権交代は巨大な市場から見ればしょせん些末な材料に過ぎず、過去の経験則から言っても、影響は一時的でしょう。
日本株はすでにショックから立ち直っていますので、ドル円も再度107円台を試す展開となってもおかしくありません。
米国株は強気局面続く
一方米国株は、日本の政局など当然お構いなく強気の展開が続いています。
S&P500とナスダックは連日の最高値更新が続いており、出遅れているNYダウも過去最高値まであと1000ドルを切っているとあって、更新は時間の問題でしょう。
コロナ禍でのこの株高をバブルという人もいますが、メディアや識者がバブルを心配している間はまだバブルではないというのが経験則です。
実際のところ、先週のジャクソンホール会合で、FRBがより長期的な金融緩和にコミットしたことで、米国株式市場では一段と安心感が高まりました。
ゼロ金利があと2~3年は続くとの確信が広がっている一方、2%超のインフレを容認することにより、適度なインフレ期待が浮上しています。
低金利とインフレ期待はいずれも株式市場には好材料ですし、短期金利がゼロのままインフレ期待で長期金利が上昇(イールドカーブがスティープ化)すれば、長短金利差で利益を得る銀行セクターにとっては恩恵となります。
そして米国長期金利の上昇は、イールドカーブコントロールによって長期金利がゼロに抑えられている日本との金利差拡大につながり、ドル円にとってサポート材料となります。
米国の労働市場は回復が続く
今週の注目材料は、金曜日に発表される米国雇用統計。
失業率は9.8%と前回の10.2%から改善し、5か月ぶりに10%を下回る見通し。
非農業部門雇用者数は135万人増で、前回の176.3万人増から減速するものの、100万人単位の改善傾向は続く見通しです。
先週発表された失業保険の継続受給者数も1500万人を下回ってきており、労働市場は回復期にあることは間違いありません。
今は、「最悪期が過ぎてこれ以上悪くならない局面」から「本来の姿に戻ろうとする局面」への移行が確認できればそれでよく、予想比の良し悪しで一喜一憂する必要はありません。
ドル自体は積極的に買うわけにはいきませんが、弱気を修正し、ショートを買い戻すべき局面にあると思います。
安倍首相辞任、ドル円急落の展開はやや想定外でしたが、ドル円105円台は後から振り返ってみれば絶好の買い場となるような予感がします。
ユーロドルも節目の1.20ドルを達成したため、一旦調整局面(ドルの巻き返し)に入ると見ています。
雨夜恒一郎氏のプロフィール
20年以上にわたって、スイス銀行、JPモルガン、BNPパリバなど、大手外銀の外国為替業務要職を歴任。金融専門誌「ユーロマネー」における東京外国為替市場人気ディーラーランキングに上位ランクインの経歴をもつ。2006年にフリーランスの金融アナリストに転身し、独自の鋭い視点で為替相場の情報や分析記事をFX会社やポータルサイトに提供中。ラジオNIKKEIなどメディア出演やセミナー講師経験多数。ファンダメンタルズ分析、テクニカル分析はもちろん、オプションなどデリバティブ理論にも精通する、人呼んで「マーケットの語り部」。雨夜恒一郎氏の詳しいプロフィールは、こちらから