一週間のハイライト(5月31日~6月4日)
ドル円は、週前半は109円台半ばでのもみ合いが続きましたが、米雇用統計の前哨戦と位置づけられるADP雇用報告が予想を上回る結果となったことをきっかけに110円を突破、一時110.33円と4月6日以来の高値を示現しました。
しかし金曜日発表の米5月の雇用統計で、非農業部門雇用者数(NFP)が予想を大きく下回ったことから、失望売りが広がり、109.37円まで反落し、109.50円近辺で週の取引を終えました。
労働市場はまだ正常ではない
5月のADP雇用報告は+97.8万人と前回の+65.4万人(+74.2万人から修正)、予想の+65.0万人を大幅に上回り、本家労働省の雇用統計にも上振れ期待が高まりましたが、結果は+55.9万人と予想を約10万人下回りました。
失業率は5.8%と前回の6.1%から0.3%改善し、予想の5.9%を下回りましたが、労働参加率が61.6%と前回61.7%から低下しており、就職をあきらめて労働市場から退出した人が少なくなかったことをうかがわせます。
ADPは労働省とほぼ同じ統計手法を使っており、データも実際の民間給与データを使用しているため(注:ADPは米国の大手給与計算アウトソーシング会社)、推計値である労働省の統計よりある意味正確なのですが、このところ本家との乖離が大きくなってきました。
前座のADPでぬか喜びして本番のNFPで失望するというのは良くないパターンです。
雇用統計を受けてドルは円以外に対しても全面安となっていますが、悪い材料が出て素直に売られてしまうのは地合いが悪い証拠と言わざるを得ません。
テーパリング観測遠のく
米国10年債利回りは前日から7bp低下し1.55%。金利市場は今回の雇用統計の結果を受けて、FRBの出口戦略が先送りになると読んだようです。
FRBの一部タカ派メンバーからはテーパリング(資産買い入れの縮小)に肯定的な発言がぽつぽつと出ているものの、多数意見は「議論はするが決定は時期尚早」。
今回の雇用統計の結果はそうした主流派に対して言質を与えたと言えるでしょう。
今週は米5月の消費者物価指数の発表などがありますが、市場の大方の関心はすでに来週(15-16日)行われるFOMCに向かっています。
今回の雇用統計の結果を踏まえ、6月FOMCでは(そしておそらく7月も)金融政策や声明に大きな変更はないとの見方が強まりました。
今回はメンバーの金利見通し(いわゆるドット・プロット・チャート)が公表されますが、おそらく「2023年末まで利上げしない」とのコンセンサスを示すドットの趨勢に大きな変化はないでしょう。
前回3月のドット・プロット・チャート
労働市場は正常な状態からは程遠く、インフレは一過性で、テーパリング開始は早くて来年ということになれば、米国債利回りはもう一段低下してもおかしくありません。
ドルも全体にじり安の展開が予想されます。
株式市場には好都合
一方米国株式市場は依然好調で、S&P500やNYダウ平均は史上最高値をうかがう展開となっています。
経済再開で景気が力強く回復している一方、FRBは緩和解除を急がないという状況は、株式市場にとってはまことに都合がよい、まさに「適温」状態です。
「恐怖指数」ことVIXは直近で16台とパンデミック発生後の最安値付近。
株式市場は何度かの急落局面を乗り越えて打たれ強くなり、市場参加者も下値への警戒を解きつつあることがうかがえます。
恐怖指数はパンデミック発生後最安値付近
株高がいつまでも続く保証はもちろんありませんが、株式市場にとって最大のリスクであったFRBの緩和解除という材料が後退したわけですから、当面は強気局面継続を予想するのが合理的です。
現在の為替市場のムードでは、株高・リスクオンは安全通貨のドルの下落につながりますので、テーパリング観測の後退と合わせて、ドル安見通しはさらに強化されることになります。
ただしドル円に関しては、同じく安全通貨とみなされている円がドルと並行して売られるため、「ドル全面安の中でもドル円は比較的底堅い」というのが蓋然性の高いシナリオとなります。
ドル円は引き続き108-110円台でのもみ合いが予想され、逆張りスタンスで臨むのが賢明でしょう。
欧州通貨・資源国通貨高
ドル安と円安が同時進行する中では、ユーロが消去法的に買われる傾向にあります。
ユーロは一段と上昇が見込まれ、特に対円では先週高値の134.13円を試す展開もあり得るでしょう。
ユーロと連動するポンドについても同様です。
さらに、経済再開に伴い原油、金属や木材など資源価格が高騰しており、株高によるリスクオンと相まって資源国通貨をさらに押し上げることになりそうです。
主要国通貨ではカナダドルや豪ドル、新興国通貨では南アランドが人気を集めるでしょう。
雨夜恒一郎氏のプロフィール
20年以上にわたって、スイス銀行、JPモルガン、BNPパリバなど、大手外銀の外国為替業務要職を歴任。金融専門誌「ユーロマネー」における東京外国為替市場人気ディーラーランキングに上位ランクインの経歴をもつ。2006年にフリーランスの金融アナリストに転身し、独自の鋭い視点で為替相場の情報や分析記事をFX会社やポータルサイトに提供中。ラジオNIKKEIなどメディア出演やセミナー講師経験多数。ファンダメンタルズ分析、テクニカル分析はもちろん、オプションなどデリバティブ理論にも精通する、人呼んで「マーケットの語り部」。雨夜恒一郎氏の詳しいプロフィールは、こちらから